§002 マザーグースの誕生

§002 マザーグースの誕生

1.フェル先生再登場

ひゃっ、ひゃっ。

今日も元気にパイを取りっこかね。関心。関心。
久しぶりじゃのう。そう、吾輩ふぇるじゃ。

さて、今日はマザーグースの誕生について触れてみたいと思う。
マザーグースはどのようにして生まれ、なぜマザーグースと呼ばれたのか、吾輩なりに検証してみたい。

2.アメリカ発祥説

北原白秋先生が出版した、日本初の本格的マザーグース集「まざあ・ぐうす」(1921年)には次のような説明がある。

いまから二百年ほど前(つまり1700年中旬)、当時イギリスの植民地だった北アメリカに生まれた女性が、ちっちゃな孫息子の為におもしろい唄を創っていた。
それを忘れないようにノートに書き留めていたのが、いつしか数が多くなって本になるぐらいにたまった。

そして、このおばあさんの養子であるトオマス・フリイトなる人物が、1719年に出版したものが世界中に広まった。

この女性の名がエリザベス・グース。じゃからして、「マザーグース」の唄というわけじゃ。

エリザベス・グースは1665年ボストン生まれ。旧姓はわからないが、夫の名がアイザック・グースという。
ちと白秋先生の時代より半世紀ほど前になるが、先生も人から聞いた話を書いていることと思うので、そこはご勘弁願いたい。

彼女には孫娘がおり(これも白秋先生の話とは性別が違う)、トーマス・フリートという印刷屋と結婚している。

ボストンにあるグラナリー墓地には次のような墓標がある。これが「マザーグースの墓」だと言われておる。

マザーグースの墓

しかしながら墓標の名は、メアリー・グース。アイザックグースの妻であり42歳の若さで亡くなっておる。
名前からわかる通り彼女はエリザベス・グースではない。おそらくアイザック・グース氏の前妻と思われる。

この墓地にはアイザック氏や、トーマス氏、エリザベスの娘、孫娘の墓標があるが、肝心のエリザベスの墓標が見当たらない。

ただ、この辺に埋葬されているのだろう。と言われており、もちろん実在した人物に違いはない。

この説は1860年1月4日付、ボストンの地方新聞、ボストン・トランスクリプト紙の記事が根拠となっておる。
寄稿者は匿名であったが、のちにジョン・フリート・エリオットと判明。
そう、トーマス・フリートの孫息子(やっとここで孫息子が登場)じゃ。

彼によればトーマスが出版した本は「子供たちのためのマザー・グースのメロディ」。
出版年は1719年。いわゆる「マザーグース」本で最も古いとされて来たのが1744年なのでそれより四半世紀前ということになる。

今では、この記事はジョンが創作した出鱈目であることが判明しておる。

功名心や売名行為からこんなデマを流したのかはわからないが、この記事はアメリカの愛国心を刺激し、長い間信じられてきた。
アメリカでは「ナーサリーライム」でなく「マザーグース」が主流というのも、この辺が起因しているのではないかな。

白秋先生が信じたのも無理はないし、今もこの説を信じてい人も多いじゃろう。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA